こんなことで、一体日本はどこに行こうとしているのだろうか?
そんな深い自問を重ねる日々が続いている。
そこでの「問い」は、ひたすら「中国の脅威」を説いて歩いて、何を生み出そうというのか、というものである。
岸田文雄首相と林芳正外務大臣は大型連休の間も休むことなく、まさに「東奔西走」、行く先々で、メディアが「覇権主義、専制主義を強める中国への牽制」と伝える「中国の脅威」を語り、「自由で開かれたアジア太平洋」を説いて回った。
「ロシアに対していま、国際社会が毅然と対応しなければ、中国に誤った教訓を与えてしまうことになります」、大型連休初日の4月29日に訪問したインドネシアで、岸田首相は、ジョコ大統領との首脳会談後に設定された「通訳のみを交えた2人だけの『テタテ』会談に臨み、こう迫った」と、政権の内情に通じていることを誇るかのように、あるメディアの政治記者は会員制情報誌に書いた。ここでの「ミソ」は、ロシアによるウクライナ侵攻への非難と制裁への協調を説きながら、実は、中国への「対処」の同調を迫っているというところにある。なんとも「あさましい」としか言えない外交風景である。岸田首相はこの後、ベトナム、タイ、イタリア、バチカン、イギリスを歴訪し、行く先々で同様の言説を重ねることに終始した。
この歴訪に出る前日の28日、アジア初の訪問国として日本を選んだドイツのショルツ首相と、これまた「テタテ」を含め70分に及ぶ会談をおこない、「欧州とインド太平洋の安全保障を切り離すことはできず、力による一方的な現状変更は世界のどこであれ断じて許されない」と、東および南シナ海を挙げながら「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて日独が連携を強めること、日独の外務・防衛閣僚会合(2プラス2)を早期に開くことを確認し合った。会談を報じた経済紙の編集委員は「前任者までのドイツ外交の軌道修正の一里塚になってほしいところです。何しろ前任のメルケル首相は対中傾斜が際立っていました。任期中に中国を12回訪問する一方、来日はサミットを除くとわずか3回。日本が中国の脅威を訴えても、ちょっと前まで馬耳東風でした」とコメントを寄せた。
岸田首相とショルツ首相
一方、林外相はといえば、5月2日から中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタン、そしてモンゴルの3カ国歴訪へ。「林外相は、ウクライナに侵攻したロシアを非難し、国際社会と協調するよう求めたが、ロシアと関係が深い3カ国は同調せず、連携の難しさが浮かんだ」と伝えたメディアは、加えて「3カ国とロシアへの対応で協調するのは容易でないことは織り込み済みではあるが、関与を続けることで、ロシアや巨大経済圏『一帯一路』を主導する中国の影響力を薄める狙いもあった」として、「対露で足並みをそろえて強い姿勢で臨む日米欧とはギャップはある。まずは連帯を促し、中露に接近させないようにすることが大切だ」という外務省幹部の言説を添えた。
こうした「動き」は大型連休中にとどまるものではなく、昨年秋の岸田政権発足以来、日を追うごとに度を深めてきたものである。特に、先月、林外相が日本の外相としては初めて、ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)加盟国と関係国による外相会合に出席して「中国はウクライナ侵略について、今なおロシアを非難していない」と述べ、ウクライナ問題における中国の対応を名指しで批判したこと、同時に、アメリカのブリンケン国務長官とも会談し、「ウクライナ侵略のような、力による一方的な現状変更の試みを東アジアで許さない」と強調したことは記憶にとどめておく必要がある。
さらに、岸田首相は6月下旬にドイツで開かれるG7サミットに出席するのに合わせてスペイン・マドリードに足を延ばしNATO首脳会議にも出席する見通しだと、奇妙なことに日本政府ではなく、米国のブリンケン国務長官が米上院外交委員会公聴会で明らかにした。官邸はブリンケン発言に「大慌てだった」とも言われ、松野官房長官が「具体的な日程は決まっていない」と火消しに走った。ブリンケン氏はこの公聴会の席で、ロシアによるウクライナ侵攻について「日本が素晴らしい形で立ち向かった」と称賛してみせた。
今月22日には米国のバイデン大統領が、大統領就任以来初めて来日し、翌23日に日米首脳会談、続いて24日には日米豪印による「クアッド」首脳会合が予定されている。岸田首相と林外相による一連の諸外国歴訪は、その前に、日米同盟基軸をもってする日本の現政権がいかに「汗を流している」のかを、とりわけ米国に、そして欧州、ASEAN諸国、さらには大洋州島嶼国を含むまさに全世界に見せる政治的パフォーマンスともいえる様相を呈している。そして、安倍政権時代の言葉を借りるなら「地球儀を俯瞰する」新たな「安全保障関係」の構築と軍事力強化に身を投じるつもりなのか?という問いが浮上する。すなわち、昨年来の日本南西海域における米国海軍はじめ英国の空母やドイツ軍艦との共同訓練、さらには、いま国内で着々と進む「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の「戦略3文書」の見直し、加えて「経済安全保障推進法」の成立など、外交・安全保障政策の根幹にかかわる重要な「動き」など、すべての相関のなかで事態を見据えることが欠かせない。一見「ウクライナ」を契機とするように見えるが、実はそれ以前から着々と重ねられてきた対中国戦略が際立つ現在なのである。
今月初旬に予定されていた、経団連はじめ日本の経済界と中国要人とのオンラインによる「対話」が中止になったと耳にした。中国におけるコロナ状況によるという説明がなされているようだが、ここまで述べたような(紙幅の関係で本当に骨子のみ挙げたに過ぎない)日本の「動き」に対する中国側の疑念、もっと言えば「不快感」がなかったとは言えなのではないか。
この現在の時局の実体、すなわち背後にある「構図」への理解が重要な分水嶺となる。本欄でもすでに触れたが、バイデン大統領が就任前から力説していた「地に落ちたアメリカの名声とリーダーシップへの信頼を再建し、新しい課題に迅速に対処していくために同盟諸国を動員しなければならない」(「フォーリンアフェアーズリポート」2020年3月号)という戦略的視界の中で、語弊を覚悟の上で言えば、「米国の掌の上で踊る日本」という構図の中で起きている「事態」であることを認識できるのか、その厳しい省察の上に、われわれの行くべき道をどう定めるのか、まさに歴史的試練の時を迎えている。
本紙の読者である志ある経済人はもとより、われわれ一人ひとりが、時流に流されず事態の実体と本質を誤りなく見据え、この時局のありように立ち向かわなければならない、そんな切迫した思いに駆られる日々となっている。 なによりも日本の行くべき道を誤らないために。
(木村知義)
【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。